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領土問題の交渉過程

1956年日ソ共同宣言では歯舞、色丹を平和条約締結後に日本に引き渡す取り決めを結ぶ(終戦後の日本国との平和条約にはソ連は調印していない)。しかし、択捉、国後の帰属を巡って対立、結局合意できなかった。その後、冷戦の進行によりソ連の立場は領土問題は解決済みへと変化した。日本もソ連との間では、まず北方領土問題が解決しなければ何もしないとの立場をとった。

1991年の4月にゴルバチョフ大統領が来日し、領土問題の存在を公式に認めた。1997年のクラスノヤルスク合意では、日本は「すべての分野について両国の関係を発展させる。その中に領土問題を含める」とし、両国の間で領土問題が明文化、共有された。
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日本側は四島返還が大前提であるが、ロシア側は歯舞・色丹の引き渡し以上の妥協はするつもりがなく、それ以上の交渉は進展していない。

2005年11月21日の未明に、訪日したプーチン大統領と小泉純一郎首相(当時)の間で日露首脳会談が行われた。これによって領土問題の解決を期待する声もあったが、領土問題の交渉と解決への努力の継続を確認する旨を発表したのみに留まり、具体的な進展は何も得られなかった。 また、ロシア側も、原油価格の高騰による経済成長で日本に対し優位であることと、ラトビア、エストニアもソ連併合時に国境を変更させられたことから、両国などとの間にも国境問題を抱えており、北方領土解決を複雑にしている。

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2009年08月18日 12:34に投稿されたエントリーのページです。

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